「燃料を考慮し、時代背景を考慮し、」(1975年 その2)

偉大なる吹き替え・・・臨場感も、質感も

カワジロー”が発見された、
神奈川県川崎市千鳥運河某所に浮かぶ沈没船。
カワジローに襲撃されたのかは謎だが。

映画『ジョーズ』にて、
人喰いザメ捕獲に向け出船した”オルカ号”。
乗船したブロディ署長(ロイ・シャイダー)、
海洋学者フーパー(リチャード・ドレイファス)、
そしてオルカ号船長のクイント(ロバート・ショウ)。
名優3人が織りなすオンボロ船内の人間ドラマは実に男臭く、性格も生い立ちも違う男達が、想像絶するホオジロザメに翻弄されながら共闘していく過程は、”サメ映画”の金字塔にして最高傑作と言わしめる要因のひとつではないだろうか。

淀川長治氏、荻昌弘氏、水野晴郎氏など、
個性あふれる映画評論家たちに紹介されてきた、
テレビ放送の吹き替え版『ジョーズ』。
海嫌いのブロディ、インテリ学者のフーパー、破天荒なクイントの群像劇を、素晴らしい演技で吹き替えてくれたレジェンド声優。人喰いザメに挑むには、古すぎて小さいオルカ号。サメの攻撃により消耗していくオルカ号船内の緊迫感を見事に演じてくれている。

おいおい、そんな旧式で大丈夫か? 
こんなところに古びた家があるぞ!
ドアが錆びてて開かない!
といった千鳥運河に浮かぶ沈没船のような、
残骸にも思える朽ちた建物や、
錆びついた乗り物が、
ホラー映画には欠かせない。

牧歌的・・・長閑な優しさ、夕暮れの寂しさ

前述の『荒木飛呂彦の奇妙なホラー映画論』にて、
映画『悪魔のいけにえ』は、“「田舎に行ったら襲われた」系ホラー”に属されており、長閑な田舎町には、知られざる物語が潜む古びた廃屋&廃棄物が、見落としがちなものから、存在感プンプンに出すものまで。

映画『悪魔のいけにえ』は、
ナレーションから物語が始まり、
画面にはナレーターが読む文章が、
ゆっくり縦スクロールされていく。

ご覧いただくのは、
5人の若者に降りかかった大惨劇。
とりわけ、サリー姉弟は悲惨だった。
若さゆえに痛ましいが、

長い人生を送ったとしても、
あの日ほどの狂気と戦慄を
体験する事はなかっただろう。
田舎を走る夏のドライブが、悪夢と化す。

その日の出来事こそ、
アメリカ犯罪史を塗り替えた
”テキサス 電ノコ 大虐殺”

この”田舎を走る夏のドライブ”、英文字幕では、
”an idyllic summer afternoon drive
“idyllic”とは”牧歌的”という意味。

“田舎”の定義は、交通が不便、コンビニがない、地名が読めないなどがあるが、なんと言っても、日中だというのに、”歩いているひとが少ない”。少ないというより、居ない。

ナレーション原稿に記されている”人気がない”を、つい、”にんきがない”と読んでしまったことがあるが、田舎は、人とすれ違うことが皆無に等しいほど”ひとけがない”。

人気がない長閑な田舎に鎮座する名刹は、
そんなロケーションだからこそ趣や情緒、
いにしえの文化が保たれている。
車無しでの参拝が過酷な寺社を、
数多く巡ってきた身としては、
日中の心温まる”牧歌的な”景色が、
夕暮れとともに不気味な静けさに変わる空気感を
肌で感じまくったものだ。

“「田舎に行ったら襲われる」系ホラー”の序文にて、荒木先生ご自身が体験された”見知らぬ土地での恐怖”が綴られているが、自分の場合はもっぱら、帰るバスが全く来ないという、山間、僻地に取り残された絶望感を何度も味わった。

メーデー!メーデー!S.O.S.!!

そう、旅行や遠出は入念な下調べが大事であり、
そして、まだ大丈夫と思っても給油はしとくべき。
映画『悪魔のいけにえ』は、
その給油を怠ったゆえに、
若者グループは悪魔の生贄になってしまったのだ。

時代遅れ・・・満タン?いや、饅頭?

ガソリン車の新車販売を2030年迄に禁止するという目標が日本でも掲げられ、先進国は”給油”から”給電”へと移行していく。よってホラー映画に欠かせない、怪しいガソリンスタンドや”ガス欠”シーンなどの、あの油臭い、汗臭い緊迫感が、この先のホラー映画からは失われていくに違いない。

スピルバーグ監督『激突!』(1973年)、
ロイ・シャイダー主演『恐怖の報酬』(1979年)、
奇しくも『ジョーズ』の監督と主演俳優も、ガス欠に追い込まれていく傑作に携わっているだけに、ガソリンメーターが“E”の表示に差し掛かる、あの緊迫感が失われるのは寂しいかぎりだ。

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