「分岐に、河口に、川幅に、」(1974年 その3)

どちらへ進む・・・お前は間違っていない

さて、“水干”手前の小高い丘に立つ“小さな分水嶺”。
この峰の東側に降った雨は、
関東平野の西部を潤す“荒川”となり、
西側に降った雨は、甲府盆地を南下し“富士川”となり、
そして南側に降った雨は、東京水道水源林に磨かれ、
奥多摩湖を経由し“多摩川”となるそうだ。

吉村家から、本牧家、王道家、杉田家。
ディープ・パープルから、キャプテン・ビヨンド、レインボー、ホワイトスネイクと、源流からの“三人三様”の系譜も、この分水嶺のように、僅かな角度で流派が生まれたに違いない。

ナレーター業を続けて20年が経つが、20年前と比べ、先行きが不安になってしまうほど、ナレーターの数が増えている。そんなナレーターもまた、先輩方々のふとした“ひらめき”、“アドリブ”などにより、バラエティ、ドキュメンタリー、スポーツ等のナレーションスタイルが確立され、我々後輩たちが見様見真似・・・いや聞様聞真似で継承し、きらめいて、ゆらめいて、ときめいて、多くのナレーターを生んでいるのかも知れない。

山梨県笠取山の“水干”を源とし、全長138kmの多摩川のゴール地点・羽田沖には、多摩川分流の“海老取川”が流れており、あの映画『シン・ゴジラ』にて、ゴジラが東京湾から多摩川河口に侵入し、この“海老取川”から蒲田へと遡上している。その海老取川河口には、“羽田可動橋”という機能停止状態の奇妙な橋があるのだ。

まるで、ゴジラに真っ二つにされてしまったかのような、
海老取川が流れ込む東京湾河口付近に掛かる“羽田可動橋”。

ゴール間近・・・鉄橋も叩いて渡ろう

橋下を通る船舶のための可動橋といえば、
跳ね上げ式の“跳開橋”を連想するが、
旅客機が飛び交う羽田空港近隣を考慮し、
水平に開閉する“旋回式可動橋”として1990年に完成。

首都高羽田線の渋滞解消を目的につくられた、
高速道路の可動橋“羽田可動橋”。
しかし、1994年に“首都高湾岸線”が開通されたことで、
ここを通る交通量が激減したため、
完成から僅か8年で通行停止となってしまった。

源流から大河へと変わる過程を、総本山から受け継がれる“継承”に例えてきたものの、大海原間際でまさかの割れたままの道があるとは、最後の最後まで緊張を緩めてはならないと、“継承”ならぬ“警鐘”が、ゴール地点には待っているのかも知れない。

跳開橋・・・開閉確認は怠らず

団塊ジュニアの少年期バイブル『キン肉マン』。
正義超人のひとり、イギリス出身ロビン・マスクの必殺技“タワーブリッジ”。超人オリンピック決勝にて、その破壊力ある“アルゼンチン・バックブリーカー”で、ロビン・マスクはキン肉マンの背骨を“バキッ”(正確にはGUWAKI!)っと“跳開橋”の如くへし折った。

コーナーポストに倒れ込むキン肉マンに、
ロビンは勝利を確信したが、
実はその“バキッ”は、キン肉マンの腰骨が鳴っただけ。
タワーブリッジを外してしまったロビン・マスクは、
その隙に、キン肉マンからメキシカン・ローリングフォールドを決められ敗北してしまう。

勝利したキン肉マンはロビンに言う。
たしかに、君の技は素晴らしい。
だが、それにおぼれてしまっては、
技の効力は半減する。それが弱点なのさ

“屁のつっぱりはいらんですよ”ではなく、
まさかのキン肉マンのかっこいい決めセリフだが、
これ実はセコンドを務めたテリーマンから伝授された、
ロビン攻略のアドバイス。

運を味方にする、友人からの助言に耳を傾ける、経験値を過信しない、そしてあたかも自分が弱点を見破ったかのような図々しさ・・・

源流から河口への長い継承への道のりには、
心得なければいけない術が多く潜んでいるに違いない。

川べりの家・・・今日は対岸が見えますか?

まもなく東京都羽田と神奈川県川崎市を結ぶ、新しい橋“多摩川スカイブリッジ”が、多摩川河口に完成する。この新しい橋は奇しくも、“ラーメン橋”という、ドイツ語“Rahmen (骨組み)”を意味する橋梁構造だそうだ。

この情景で思い浮かぶのが、
『人間交差点』(原作・矢島正雄 作画・弘兼憲史))
収録の短編「あの日川を渡って」
東京オリンピックが開催された1964年が舞台の母と子の物語で、おそらく、多摩川スカイブリッジの川崎側、川崎区殿町辺りが設定ではないかと推測する。

JR南武線・稲田堤駅近郊の”菅の渡し”跡地

調べてみると、
多摩川には計39の渡船の“渡し場”があったそうだ。
道路橋、鉄道橋が架かり、
渡し船は徐々に姿を消していき、
最後の“渡し場”となった“菅の渡し (すげのわたし)”は、
昭和48年まで渡船が行き来していたそうだ。

川を渡ること、渡れることの尊さを踏まえながら、
“あの日川を渡って”を読むと、
母子家庭を支えた母親の頑張りに、
涙がさらに込み上げてくるものだ。

期待と喜びを抱いて川を渡った母と子、
望みと感謝を抱いて川を渡った息子、、、
時代を超えて後世に“読み継がれてほしい”物語だ。

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